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なぜ起こる? 生乳需給バランス崩れのお話し

乳製品の話

なぜ起こる? 生乳需給バランス崩れのお話し

「生乳大量廃棄の危機」「今年はバター不足」……こんなニュースを見たことはありませんか?
どうして供給過多による生乳廃棄の危機がある一方で、バター不足の危機も起こるのでしょうか?
ニュースをきっかけに、しばし考えてみませんか。

更新日:2023年2月21日(火)


2021年年末の「生乳大量廃棄の危機」

2021年12月の「生乳大量廃棄の危機」は、複数の要因が重なって生じたものです。長引くコロナ禍の影響で、飲食店やホテル・観光業界の業務用需要が低迷するなか、牛乳生産量の約11%を占める学校給食用牛乳向けの需要が冬休みでストップ。さらに、例年、年末年始は帰省・旅行などの影響で家庭用需要が減少することから、このままいけば需給バランスが崩れるとの見方が強まっていました。

もちろん、乳業メーカーも手をこまねいていたわけではありません。例年、学校給食用牛乳の需要が減る冬休みや夏休みなどの間は、代わりに保存のきくバターや脱脂粉乳などの乳製品に仕向けて製造しています。しかし、コロナ禍による業務用乳製品の需要低迷が長期化したことで、乳業メーカーの処理能力や在庫量は限界に近づいていたのです。

この危機を前に、農林水産省の「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」をはじめ、小売業界や乳業メーカー各社などは官民あげての牛乳消費拡大キャンペーンを展開。消費者や食品加工業界などの需要が急増した結果、生乳は廃棄を免れました。その後、年明けからは学校給食用牛乳も再開し、需要を下支えしました。

農林水産省の職員によるSNS情報発信プロジェクト「BUZZMUFF」上の生乳廃棄回避報告
BUZZMAFF ばずまふ(農林水産省).(2022-1-15)“生乳の廃棄を回避できました”.Youtube.

2年連続で直面した年末の生乳廃棄の危機

2022年12月下旬から2023年1月上旬にかけても、同じく学校給食用牛乳の需要の低減などを理由とする生乳廃棄の発生が懸念されていました。

しかし、酪農家による生乳の出荷抑制、乳業メーカー各社のフル稼働での乳製品への処理、生乳廃棄の危機についてのメディア報道もあり多くの消費者の皆さまに消費拡大にご協力いただけたことによって、処理不可能乳の発生は回避することができました。

ただ、これで安心と言うことはできず、毎年学校給食がストップする時期などの需要低迷期には消費の下支えが必要です。

生乳生産量は季節によって上下する

生乳生産量が季節によって上下することも需給バランスを維持するうえで難しい問題です。

全国の生乳生産量グラフ

全国の生乳生産量(日均量)2021年度・2022年度見通し
一般社団法人Jミルク「2022年度の生乳及び牛乳乳製品の需給見通しと課題について」より作成



図のように、3月から5月にかけては生乳生産量が年間最大のピークを迎えます。冬季から春にかけて出産する乳牛が多く、子牛を産んだ後の約2カ月間は、乳量が最も多くなるためです。

しかし、生乳生産量の増加に反して、春先の需要は例年低調です。まだまだ気温の低いこの季節、牛乳や乳飲料、アイスクリームなどの消費量は1年の中でもかなり少なめ。学校給食用牛乳も春休みで2週間ほど休止します。年間で最も供給の多い時期と低需要期がぶつかる春先は、生乳が最も余りやすい季節なのです。

乳牛は寒さに強く、暑さが苦手

再び「全国の生乳生産量」グラフを見てみましょう。生乳生産量は気温が上がるにつれて減少し、夏の暑さが続く間は下降線をたどります。実は、乳牛は寒さに強く、暑さが苦手。食が進まず、乳量も減ります。いわば、「夏バテ」です。

秋口に入って気温が下がり始めると、乳牛も調子を取り戻し、乳量もゆるやかな増加に転じます。その後、冬季から春にかけて、生乳生産量は再びピークを迎えます。これが年間の生乳生産サイクルです。

雪の中でも元気!寒さに強い乳牛たち

雪の中でも元気!寒さに強い乳牛たち



一方、需要にも年間サイクルがあります。
冬から春にかけて落ち込んだ牛乳・乳飲料や乳製品の需要は、初夏から初秋にかけて高まります。牛乳はもちろん、カフェオレやアイスクリームなど暑い時期に需要のピークを迎える乳飲料や乳製品も少なくありません。例年であれば、連休や夏季休暇にともなう飲食店やホテル・観光業の需要増も期待できます。これら需要期と学校給食用牛乳の休止期間をあわせれば、需要の年間サイクルがおおよそ決まります。

生乳の需給バランスは、一年のうちで供給が需要を上回る時期と、供給が需要を下回る時期がほぼ交互に訪れるデリケートなサイクルを保っているのです。

ミルクの成分も季節によって変わる

ちなみに、季節によって変化するのは乳量だけではありません。生乳の成分も変動します。生乳から作られる牛乳の成分も同様です。一般に、冬は夏よりも乳脂肪分や無脂乳固形分(たんぱく質・炭水化物・ミネラルなど)が多くなる傾向があります。夏と冬で成分が異なる理由は、「冬、子牛を出産した後は生乳の栄養価が高まる」「夏は水分の多い生の牧草、冬は干し草や発酵させた牧草(サイレージ)と異なる飼料を食べる」「夏は水をよく飲むため、成分が薄まる」などさまざまな要因があります。

生乳の成分は、季節だけではなく、乳牛の品種や個体、飼料、暮らす地域などの影響によっても変化するので、夏と冬のどちらが優れていると言い切れるわけではありません。それでも、いつも同じように見える牛乳が季節によって変化するという事実は、牛乳が生きものの営みと一体の、自然の恵みであることを思い出させてくれます。

広々とした牧草地で、のんびりと青草を食む乳牛たち

広々とした牧草地で、のんびりと青草を食む乳牛たち

乳牛1頭が出す乳の量は1日で約30㎏! 健康管理は毎日の搾乳から

(一社)Jミルクが発表する2021年度の見通しによれば、全国の生乳生産量は年間で765万2,000トン。そして、この膨大な量の生乳の生産を、135万6,000頭もの乳牛(未経産牛含む)と、給餌や搾乳(乳しぼり)など乳牛の世話を毎日行う酪農家の皆さんが担っています。

乳牛は、1頭あたり1日に平均して約30kgもの乳を出します。乳は次から次へと分泌されるので、搾乳をせずに放っておくと、乳房炎などの病気にかかってしまいます。乳牛の健康を守るためには、毎日の搾乳が欠かせません。

搾乳や餌やりなどの合間に乳牛たちをよく観察し、健康を管理するのも酪農家の大切な仕事。乳牛1頭1頭の体調に配慮したうえで、出産時期とその後300~330日続く搾乳時期が個体によって少しずつずれるように、妊娠と出産、搾乳と乾乳(搾乳休止期間)のスケジュールを管理します。一年を通じて切れ目なく生乳を出荷し、また月別の生産量を微調整するためには、こうした地道な努力が欠かせません。

ミルカー(搾乳機)をつないだ乳牛

搾乳作業は毎日。酪農の現場では、手作業ではなく、乳房にミルカー(電動搾乳機)をつないで行う

生乳生産量は多すぎる? 少なすぎる?

生乳生産について、最近は「年間の需給サイクルがわかっているなら、もっと柔軟に生産量を増減できないの?」といった疑問の声も上がるようになりました。

しかし、乳牛は生き物です。搾乳を急に止めれば病気にかかりますし、簡単に「処分」できるものでもありません。また、もし頭数を減らしたとしても、急に増やすことはできません。乳牛が生まれ、育ち、十分な量の乳を出すようになるまでに約3年。頭数の回復には時間がかかるのです。生乳生産量の増減、ましてや生産規模の調整は、工業製品や工場のようにはいきません。生き物の命や営みに寄り添う酪農業において、短期的にコントロールできる性質の課題ではないのです。

実は、全国の生乳生産量は、1996年の865万7,000トンをピークに長く漸減してきました。牛乳や乳製品消費量が減少し、後継者難、資源価格の高騰など酪農を取り巻く状況が厳しさを増すなか、生産者数も減少の一途をたどっていました。

しかし、2014年~2015年にかけての深刻なバター不足を受けて、事態は急転。官民連携のもとで、乳牛の飼養頭数や一頭あたり乳量の増加など、生乳の増産に向けた取り組みが推進されることになったのです。

よつ葉乳業のバター

2014~2015年のバター不足の際は、大手スーパーマーケット店頭からバターが消え、政府は異例の緊急輸入に踏み切った



数年来の努力が実り、少しずつ増産効果が出てきたのが2019年のこと。新型コロナウイルス感染症の流行が勃発したのは、そのわずか1年後でした。そして、2020年4月の第1回緊急事態宣言発出を境に、牛乳・乳飲料や乳製品の業務用需要は大きくダウン。以後、需要が大きく減る、あるいは生乳生産量が増える時期を中心に、生乳廃棄の危機が生じやすくなってしまったのです。

バター不足をきっかけに生乳の増産に取り組み、ようやく増産が実現したとたんに牛乳や乳製品の供給量が上回るとは、なんとも皮肉な話です。そして、このことは同時に、生乳生産量を調整・管理する難しさを改めて示しているのです。

牛乳や乳製品も、工業製品に倣い、可能な限り供給が需要を下回ることのないように生産体制の構築・運営に努めています。しかし、これまで見てきたように、生乳生産量の目標値に唯一の「正解」はなく、現実には生産調整も容易ではありません。

食品ロスの可能性に目をつぶり、在庫が常に豊富な状態を求め続けるのか。時には不足や品切れを許容できるのか。品切れを最小化しつつ、食品ロスを出さない工夫や仕組みを実現できるのか。「生乳廃棄の危機」は、私たち一人ひとりのお買い物や暮らし方についても問いかけているのではないでしょうか。

2022年11月28日に、北海道農協酪農・畜産対策本部委員会が、2023年度の道内生乳生産量を22年度比2.2%減の401万9000トンに抑えることを発表しています。世界情勢の変化による輸入飼料や燃料費の高騰、物価上昇の影響による消費の低迷などが原因となった苦渋の決断です。

酪農家にとって生乳減産とは、収入が減ってしまうことに直結します。また、一度減産してしまうと次に増産することになった場合、乳牛の種付けから搾乳開始まで約3年の期間を要し、すぐに増産できるものではありません。かと言って、余って捨てることになってしまうかもしれない量の生乳を費用をかけて生産し続けることは酪農経営を続けていくうえで出来ない選択です。

「需給バランスが崩れ減産せざるを得ない→一度減産すると増産には期間を要する→また情勢が変わり増産に踏み切る」
このようなサイクルの繰り返しが、生乳廃棄の危機やバター不足が起こりうる原因であり、酪農・乳業業界が抱える永遠の課題なのです。

よつ葉牛乳や乳飲料、乳製品もぜひ「もう一杯」!

栄養豊富な牛乳や乳製品。食習慣に取り入れる人や料理に活用する人が増えれば、需給の不均衡を最小化できる。



[参考文献]
・一般社団法人Jミルク.“2022年度の生乳及び牛乳乳製品の需給見通しと課題について”.一般社団法人Jミルク.2022-01-28. https://www.j-milk.jp/gyokai/jukyu/h4ogb40000008jv6-att/a1643587508500.pdf,(参照2022-02-18)
・一般社団法人Jミルク.“データベース2酪農経営関連の基礎データ (3)乳量・乳成分 経産牛1頭当たり年間乳量の推移(全国)”.一般社団法人Jミルク.2022-02-09. https://www.j-milk.jp/gyokai/database/keiei-kiso.html#hdg5,(参照2022-02-21)
・井出留美.“「余った生乳5000トンはバターにすれば廃棄せずに済むのに」乳業業界の回答とは?”2021-12-16. https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20211216-00272886,(参照2022-02-21)
・長田雅宏.“都府県酪農における新規参入の現状と課題”,畜産の情報2021年3月号.独立行政法人農畜産業振興機構.https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001539.html,(参照2022-02-21)
・農林水産省.“年末年始の牛乳消費拡大に向けて「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」開始!”.農林水省.https://www.maff.go.jp/j/chikusan/gyunyu/lin/newplusone_project.html,(参照2022-02-18)
・農林水産省.”畜産統計(令和3年2月1日現在)調査(統計)結果の概要(HTML)”.農林水産省,2021-7-3.https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/tiku_toukei/r3/index.html,(参照2022-02-21)